足底筋膜炎

春頃から、歩くと右足首と右足裏が痛むようになった。右のかかとも痺れるし。

去年、坐骨神経痛が出て1か月大変だったから、その後遺症だと思っていた。

でも、一か所を押すとすごく痛いことに気が付いて、やっと病院に行ってきた。

20代後半に知り合った2歳年上の股関節友達が、大昔に遠くから通ったという病院。

我が家から近いはずなのに、通ったこともないし、どこにあるのかも知らなった。


股関節、腰、両足首、かなりの枚数のレントゲンを撮って、診てもらった。

いろいろ動きの検査もしてもらった結果、坐骨神経痛は今はひっこんでいるらしい。

もちろん腰の軟骨がつぶれてるから、いつ出てもおかしくないが、

今の症状は足底筋膜炎だと言われた。


足の甲のアーチがつぶれるとこの病気になるらしい。

偏平足の方がなりやすいらしいけど、私の場合は偏平足ではないけど甲が高く、

これまたなりやすいらしい。

そして、もちろん、股関節が悪いから長年負担がかかってきた結果、だ。


ちょうど装具屋さんが来てる日で、いきなり足底板をつくることになった。

脚長差があるから、一緒に補高もした方がいいけど、

なんで今まで補高してないのか尋ねられた。

右足のためには短い方がいい、と言われて補高は勧められなかったと答えたら、

じゃあ補高は股関節の主治医に確認してから、ということになった。

で、脚長差は測らず帰ったけど、どう考えてもある程度(半分くらい)補高した方がいいに決まっている。今まで内緒で時々してたし・・・

思い直して、国立大阪には事後報告することにして、補高もお願いした。


補高だけなら障害者手帳が使えるが、足底筋膜炎の場合の足底板は使えないらしい。

ややこしいから、補高はサービスします、と言ってくれたけど、申し訳ないなぁ。

障害者手帳が使えないから、普通に三割負担。3万円強をいったん払って、あとから2万円くらい戻ってくるらしい。


痛み止めはできるだけ飲みたくないから、これで楽になったらいいのだけど・・・

今年5月から健康保険証を任意継続から国保にかえたから、今までのスポーツクラブの会員区分が法人から個人に変わって、入会金から必要になって手続きも一からだった。

家のことで忙しくて、法人会員退会のまま、その後他のプールも一度も行ってない。地上を歩く距離は、家事をするようになって買い物でかなり増えている。

スポーツクラブのプールのあとは必ずジャグジーとお風呂の湯舟にゆっくりつかったが、家ではシャワーが多くなってしまった。これも一因あるんだろうなぁ・・・


21日に足の長さを測定して、28日に出来上がりらしい。

好きな靴に適応できるか心配はあるけど、これからは足底板が入る靴選びになるのだろうなぁ。それはそれでいいかな、私らしくて。


ちなみに、昔遠くから通ったという股関節友達は、28歳で亡くなった。

プールで知り合ってそんなに長い付き合いはなかったけど、

私の人生で初めて失った、同年代の友達だった。

彼女の弟たち二人は、姉を守るよう育てられ、実際守っていて、

両親にもお祖母ちゃんにも愛され大事にされ、家庭的にも経済的にも恵まれた人だった。

私とは全然違う・・・


両側が悪かったが、いつも歩き方に気を付けて、言わなければわからないくらいだった。

経済的にも恵まれていて、いつもオシャレだった。母親が、足が悪いのだからいいものを着ないと!と気遣い、歩き方も母親と一緒にいつも研究してたらしい。

年末の大掃除で、3階建ての自宅の窓拭きをして下に転落して手を骨折してから、ノイローゼになったらしい。夜が怖いと言って眠れなくなり、ある日の朝、なかなか起きてこないからお祖母ちゃんが起こしに行ったら呼吸してなかったらしい。

何とか心臓は動いたけど、脳の酸欠は大きくて、植物状態になり、結局亡くなったそうだ。


お線香をあげに行かせてもらったら、

遺影のまわりには、それはそれはたくさんのお供え物と花があって、

どれほど愛された人だったのか、改めて感じた。

部屋も生前のまま。エレクトーンの楽譜の開いたページもそのままだった。

足の訓練のために習っていたそうだ。


母いわく、一生分の幸せを28年でもらって旅立ったのだろうと。

私も短い人生でいいから、彼女のように幸せに生きたかった!!

そういうと、母親に、アホなこと言いな!と怒られた。

あれから29年・・・早いなぁ。私はすっかり老化して劣化しましたよ。



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