アドバイスありがとう

4月にとっくんさんに申請書類を見せてもらい、スマホで写真も撮らせてもらった。

それなのに、そのスマホを紛失。

バックアップも取ってなければ印刷もしてなかったアホなわたし・・・


平謝りして、再び会って見せてもらえることになった本日。

父の祥月命日でもある。

好きだった赤飯をお供えして、なんか知らないけど、頼んでおいた。

待ち合わせは、上本町駅改札付近で18時。


階段下の物入れから出してきた過去書類たち、カビくさ~~い。

もう見たくもないし、思い出したくもない、封印した黒歴史。

でも、捨てる勇気もなかった。

(いつか時期がきたら訴えてやるぞ!て気持ちもあり)

忘れてたけど、2回目の不支給通知は、不服申し立てまでしていた。

落ち込み過ぎて、記憶を葬っていたらしい。

今も、自分の不服申し立て書類が、辛すぎて読み返せない。


お店はいちおう、良さげなお店を見つけておいた。

百貨店で、あの安さはめずらしい。

二人とも気に入ったよ~和風喫茶「バサラ」さん。


とりあえず先に夕食を食べて、いざ、書類の見せあいっこ。

とっくんさんと私の病歴、ほんとによく似てる。

彼女が1回目の固定した病院が、私が新卒から30歳まで勤めた病院だったことも新たに判明。

2年遅かったら、私の書いた献立を食べてもらってたのね。

赤ちゃんの時、手術を勧められて予約した病院(その後キャンセル)で、

彼女も手術を受けていたし、共通点がさらに増えた。


年代も同じ(同じ学年)、右側片側の障害で病歴も似てる、

なのに、なぜ結果にこれほどの違いがあるんだろう。

就労状況の違いしかない?


と思ったら、とっくんさんが一言。

「なんか、私のと様式が違う・・・」

「これって、国民年金の方じゃないのぉ?」


「えっ?!」「ええ~~~~」

書類を渡した年金事務所のオッサン、国民年金の書類を渡していた。

今はもう国民年金の方はここでは受付けてないって言うから、

こっちは、厚生年金の書類を強引にもらったつもりだったのに。


私みたいなのは国民年金しか申請できないのだ、してはいけないのだ、絶対に絶対に!!

という意思を彼は貫き通したってわけね。


で、過去2回分を確認したら、間違いなく国民年金。

そう、確かに、あなたは国民年金だと言われ続け、耳にタコできた。


やっぱり、大事なところでいつも抜け作な私・・・

死ぬまで治りそうにない。泣けてくる・・・


とりあえず、とっくんさんの初診時のドクターが「社会的治癒状態であった」と書いてる部分は、ポイントぽいから、新しく買ったiPhoneで写真を撮らせてもらった。

今度はすぐにPCにも保存し、印刷もしておいた。

なるべく早く、国立大阪に行くつもり。







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